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三部作を振り返って

2021.10.15 |

松原時夫写真集三部作が完成した。松原さんの膨大な作品のアーカイブを考えるとまだ「たった3タイトル」と感じてしまうが、ひとまず当初から予定していた3作品を刊行できたこのタイミングで、改めて三部作を簡単にご紹介するとともに、本をつくる中で見えてきたことを書いてみたいと思う。

最初のタイトルは『水辺の人』。松原さんが10代から20代の間に撮影した写真で構成された、和歌浦で暮らす人々をとらえた作品群だ。10代の頃、絵を描くことと機械いじりが好きだった松原少年は、グリコのおまけでもらったカメラを手にし、その後写真の道に進むことを決めた。『水辺の人』に含まれる写真は今でこそ記録的な意味合いも強くなりノスタルジックな光景に目を奪われるが、絵画的な仕草や、人々や景色が生み出す光と影を絶妙な構図で捉えている。目の前にある日常の光景を題材に、カメラという機械を通して様々なコンポジションを試みていた形跡がうかがえる。

2作目の『砂のキャンバス』は時代が飛んで、直近5年間で撮り溜めた砂浜のマチエールがひたすら続く写真集になっている。一見、前作と大きく趣向が異なるように見えるが、こちらも自身が居を構える和歌浦で目の前にあるもので造形を試みるという姿勢はまったく同じだと個人的には解釈している。初期には人々の暮らしから、今は天候によって日々変化する繊細なテクスチャーから、写真を用いた表現を見出し続けている。

松原さんは最初期からひたすら新しいこと、見たことのない表現を追い続けている。これは世に対して新しい表現を投げかけて問うということではなく、自身にとって新しいことを純粋に楽しみながら作っているのだと思う。その証拠に、松原さんはモノクロのフィルム写真を軸に置きながらも、フォトグラムやソラリゼーション、自作のピンホールカメラを用いた作品、時にはカラーフィルムを用いた作品など、写真というメディアでできうるあらゆることを試みている。新しいことを探求し続けた結果、自身にとって新しい表現がいつの間にか世にとっても絶対的に“新しい”表現となり、『砂のキャンバス』は僕たちも過去に見たことが無い本になった。

松原さんのご自宅の壁には、テーマごとに分類された写真を収めるA4サイズのファイルが所狭しとならんでいる。多種多様な表現が含まれるため一見混沌としているようだが、松原さんの写真に対する姿勢は非常にオーガナイズされたものだと感じている。ファイルの背にはテーマを端的に表すタイトルが記される。常にいくつかのテーマが頭の中にあり、天候などの条件が揃わずひとつのテーマに対してシャッターが切れない日でも、すぐ他のテーマに切り替える。追いかけているものが複数あるから、テーマに困ったことはなく常に忙しくしているのだという。

実は『水辺の人』『砂のキャンバス』『沖ノ島』はファイルに書かれた手書きのタイトルをそのまま用いている。作為的な編集は加えず、作家自身の手でまとめてきたこれらのファイルをなるべく素直な形で本にしたいと思ったからだ。松原さんの写真を網羅的に見れるような本が欲しいという声もあったが、そもそも膨大なアーカイブをたった1冊にまとめるのは現時点の道音舎の力量では難しいと思った。そういうわけで、最初期と最新の作品に、中期のカラー作品『沖ノ島』を加えた3部作の写真集を刊行するという小出版レーベルとしては少しチャレンジングなプロジェクトとなった。『沖ノ島』では、中性の和紙に耐候生のある顔料インクで印刷するという、道音舎にとっても新しい試みになった。写真によっては十数回色校正を行うなど、限りなくオリジナルプリントに近い色合いを追求している。

道音舎の懐具合の都合もあり、各小部数で一般的には少し割高な本になってしまった(原価からすると決して高くはないのですが……)ことは何卒ご容赦いただければ幸いです。(はざま)

 

*² ジクレーやアーカイバルプリントなどとも呼ばれ、エディション作品などにも採用されている印刷方式