日々の鍛錬とか

2019.09.17 |

先日のこと、同業者であるライターの友人(私はライター業もしています)といろいろ話す機会があった。
彼女は毎日、仕事以外で文章を書くことを自分に課しているそうで、「やっぱり文章は日々の鍛錬が大事やと思う」とキリリと言った。

「文章は日々の鍛錬」という言葉に刺激を受けた私は、深く考えずに翌日、そのまま使った。道音舎の打ち合わせ中、硲(はざま)さんに。

「文章はね、日々の鍛錬が大事やと思う」

受け売りながら気分よくそう言い切ったところ、硲さんが切り返してきた。
「日々の鍛錬とか言いながら、北浦さん、版元日誌を書くのだってぼくにふってくるじゃないですか」

さらに重ねておっしゃる。
「だったら道音舎のブログを書いたらどうですか」

「……書けよ、って言う話ですよね?」と私は答える。

実はここ数ヶ月、私は何を書くのも嫌で嫌で、執筆スランプのようなものを感じていた。書かねばらばぬという状況が、これほどストレスになるとは自分でも驚きだ。でもその時は硲さんの切り返しが可笑しくて、「クククッ、じゃぁ書きます」とあっさり言った。ちっとも嫌じゃなかったし、むしろ書きたい衝動が蘇ってきたような。

書くことに情熱を持っている友人から「日々の鍛錬が大事」と聞いたこと、「日々の鍛錬とか言いながら」と硲さんに突っ込まれたこと。どちらもタイミングが良かったのだと思う。

ちなみに版元日誌とは、道音舎が参加している「版元ドットコム」のサイトに掲載されるエッセイで、会員である出版社が持ち回りで執筆している。
版元ドットコムには参加させてもらっているけれど、ああいうのは、実績のある版元の方々が順番で書いておられるものだと思っていた。新入りの道音舎にまわってくることはないだろう。
と、思っていたら来たんです。依頼メールが。
「うわっ」と思って速攻で硲さんにメールを転送したという経緯だ。(執筆の機会は平等にいただけるようです)

私が版元日誌の執筆を硲さんに頼んだ理由は二つあって、一つは自信がなかった。
もう一つは、若くて仕事のできる硲さんが前面に出て、私みたいなおばさんは引っ込んでいるほうが道音舎のためになるだろう、と思っていたからだ。(まぁ言い訳ですが)

ともあれ、硲さんが書いてくれた版元日誌が公開されたら、またお知らせいたします。