和歌の本をつくります。

2018.05.13 |

『狼煙』の刊行から半年あまり。道音舎では今、いくつかの企画がゆるゆると進んでいます。そのひとつが和歌の本。もともと私は詩や和歌に興味がありますが、和歌の本を手がけるとは思わなかったです。

振り返ってみれば和歌案にたどり着くまで、「はっ」とする瞬間や「へぇ」と思える出来事がいくつかありました。中でも大きかったのは、デザイナーの硲さんの影響でタイポグラフィに興味を持ったこと。私にとって文字は言葉であり、音だったので、文字を見るという視点をこれまで意識してきませんでした。それが今回、『狼煙』のタイポグラフィに感動し、どこかでスイッチがONになっていたようです。(遅いけれど、喜ばしい)

ようやく頭の中で一本の線がつながり「和歌の本をつくろう」と思い立ったのは少し前、電車の中から琵琶湖を眺めていた時でした。旅はクリエイティブの母なのです。土着のアートを追求する道音舎が熱くなれるテーマだし、言葉の音に反応する私と、視覚から文字に反応する硲さんがアートブックを作ればどうなるのかなと興味が湧きました。その表現は時空を超えたり……しないですかね?  言い過ぎか。

そう思った数分後、車窓から撮った琵琶湖です。こういう風景を見たら、古代の旅人なら“土地褒めの歌”を詠むのかもしれません。古代の和歌は、土地を褒めたたえて地霊の怒りを鎮め、その加護を受けようとする言霊歌でありました。旅人は行く先々で土地を褒める歌を詠み、地霊(神かな?)に捧げます。そうすることで、土地に宿る霊から安全の保障をもらえるという信仰があったそうです。見知らぬ土地に侵入するよそ者は礼儀を尽くし、その土地の神々に敬意を表したのでしょう。

道音舎が拠点としている和歌山市には和歌浦という町があります。万葉集にも多く詠まれた海辺の景勝地ですが、よく知られているのは山部赤人が詠んだこの歌でしょうか。赤人さんは聖武天皇のお供で和歌浦に来たそうです。

若の浦に 潮満ち来れば潟(かた)を無(な)み 葦辺(あしべ)をさして鶴(たづ)鳴き渡る
(和歌の浦に潮が満ちてきたら、干潟がだんだんなくなってきた。鶴の群れが鳴き交わしながら、葦の水辺を指して飛んでいくよ)

さすが赤人さん、すばらしい表現力。
そして土地褒めという意図が現代人にもわかりやすい歌がこちら。(詠んだのは赤人さんではなくて藤原卿)

玉津島(たまつしま)見れども飽かずいかにして 包み持ち行かむ見ぬ人のため
(玉津島の風景はどれだけ見ても見飽きない。これほどの美しい風景をどうやって包んで持ち帰ったらいいんだろう。まだ見ない人のために)

高らかにこう歌いあげられたら、土地の神さまも喜んで「どうぞご安全に」と旅人を見守ってくれたかもしれませんが、千数百年後の和歌山市民だって悪い気はしませんね。言霊歌の力おそるべし。

下の写真の、入江の周囲が和歌浦です。万葉の時代には、玉のような小島がぽこぽこと浮かんでいたそうで、それが玉津島の名の由来らしいです。(和歌浦には今も玉津島神社が鎮座しています)
古代、玉には霊力があると考えられていたので、和歌浦は今で言うところの最強パワースポットだったのだと思います。

写真左上の水辺線にうっすらと見えるのは紀淡海峡に浮かぶ友が島。大阪湾をはさんで対岸に見えるのは神戸方面の山並みです。電車だと遠いけれど、海路だと近そう。

編者である私も、これから各地の”土地褒め”をしようと思っています。和歌の資料を読みながら吉野や明日香を訪ねているので、そういう記事をぼちぼちブログで書いていくのもいいかなと。
古代の人々のように土地の霊力に感応するのは難しいですが、地霊と歌人に礼儀を尽くすことで「どうぞご安全に」(←経営的に)という展開も期待しつつ。(笑)
そんなわけで、これから始まる和歌の旅、どうぞよろしくお願いいたします。