道と本

風の音を聞きながら
歩いて旅をするように

サンエムカラーの前川さんに会いに行く

2017.11.13 |

写真集『狼煙』の印刷をお願いしたのは、京都の印刷会社、サンエムカラーさんです。今年5月に初めて会社を訪問し、約6ヶ月間にわたりサンエムカラーのアートブック・ディレクター、前川孝雄さんにお世話になりました。制作の過程をブログで連載していただいたのも有難かったです。そして先日、印刷代金の銀行振込を終えたので、仕事としてはこれでひとまず終了です。でもお顔も見ないで終わるのも名残り惜しいし味気ない。そう思ってインタビューに伺いました。(しつこく絡みます)

 

—— 前川さん、このたびはありがとうございました。おかげさまで『狼煙』は好評で、お褒めの言葉をいただくことも多いです。今さら尋ねるのもなんなのですが、写真集をつくるうえで大事なことってなんでしょう。それと、お金の話も聞きたいです。

アートブック・ディレクター前川孝雄さん

前川 ● 大事なのは、つくりたい本のイメージを持つことでしょうね。こういう本をつくりたいという完成形のイメージが頭の中にあれば、なんとかなります。それを形にするのが私の仕事なので、作家やデザイナーのイメージを聞き出して、あれこれご提案をしながら理想的な本へと絞り込んでいきます。

あとは予算との勝負です。サンエムカラーはネット通販の印刷会社などに比べると確かに高いですが、ものに対する対価という意味で考えると安いほうだと思っています。ネット通販の場合は、うちのように作家の要望をとことん叶えるという姿勢ではありません。叶えようとすると、当然それなりのコストがかかってきますが、ひとつひとつのコストに関して細かく見ていただいたら、うちは決して高くはないはずです。

ただ、見積もりだけを比較すると、うちの会社がなぜこの金額になるのかを一般の方に理解してもらいにくいという課題はありますね。印刷の工程は複雑なので、説明してもわかりにくい部分も多いんです。説明を尽くしたあとはもう、信用してもらえるかどうかです。信用してもらうためには、これまで手がけた作品を見てもらうしかないので、ひとつひとつの仕事の積み重ねが大事だと思っています。

—— なるほど。私たちはサンエムカラーさんと協働することに意義があると思っていたので、実は他社の見積もりを取らなかったんです。でも前川さんには、仕様の変更などで何度も見積もりを書いてもらってお手数をかけました。ところで、これまでで一番印象に残っている仕事について教えてください。

前川 ● 中藤毅彦さんの『STREET RAMBLER』という写真集です。モノクロの作品なんですが、とにかく黒を力強く見せたいというご要望がありました。モノクロは通常スミとグレーの2色刷りなんですが、それならばスミを2つ乗せて、グレーで調子を出す3色刷りにしましょうと私が提案したんです。1色増えるのでコストは高くなるんですが、2色のテスト刷りと3色のテスト刷りを見てもらうと、やっぱり3色が自分のイメージに合うということで、お金はかかるけど3色でいきましょうということになった。その写真集が林忠彦賞を受賞し、審査委員長から「黒がすごく力強い」というコメントがありました。それを知った時は「ああ、提案してよかったな」と本当に嬉しかったです。

—— あ、↑この黒ですね。さすがに濃度が高い感じがします。(デザインは秋山伸さん。詳しくはサンエムカラーさんのサイトをご覧ください)

前川 ● 今回の『狼煙』に関しても、私はインキを3回作りかえてテストしたんです。紙が少し黄色いので、グレーをかなり青いグレーにしました。黄色い紙に青い点々をものすごく細かく刷ると、目の錯覚で白く見える。紙の地色より、写真の中の波の光などのほうが白く見えるんですね。実際には波のほうにインクの点がのっているのに、波のほうが白く光って見えるはずです。けっこう色々と細かいことを、それぞれの写真集で狙ってやってるんですよ。

↓『狼煙』の中面。波や雲の白が際立っています。

—— 最後にもうひとつ質問させてください。出版不況と言われて久しいですし、印刷や製本の業界も全体的に厳しくなっていますよね。道音舎は独自の路線を目指して出版事業を始めましたが、印刷業界に身を置く前川さんはどのような展望をお持ちですか。

前川 ● そもそも印刷物は情報伝達の手段だったので、情報が伝わりさえすれば価値はなくなって捨てられてしまうんです。でも、うちの創業者である会長は「サンエムカラーは捨てられる印刷物ではなくて、残る印刷物をつくるんや」とずっと言ってて、それが理念なんです。

情報を伝えるための本や雑誌は今後、減っていくでしょうね。本が売れないのは、本というコンテンツがスマホよりも面白くないからだと思います。スマホにはない面白味のある本をつくらない限り、本を売るのは難しい。ただ、アートブックはその本自体がひとつの作品で、モノとしての価値がある。この価値はデジタルには変えられないです。情報に価値のある本が消えたとしても、モノとして価値のある本は生き残るはずです。

これからどんどん人工知能が進化して人の仕事を奪っていくだろうけど、機械ができない仕事は何かと考えたら表現でありアートですよね。私はアートで仕事が生まれて、お金がまわるような仕組みをつくっていかないといけないと思うんです。現状では写真集を扱っている書店さんは少ないですし、写真集は儲からないので出版社もつくりたがらない。写真家にしても、写真を売って食べていける人は少ないです。私はそれではあかんと思うし、もっとアートを盛り返していきたい。町にギャラリーがあって、気軽にアートを楽しんで、作品に価値を認めたら対価を支払って購入する。そういう文化や社会を築いていきたいです。

そしてアートブックの魅力や価値も伝えていきたい。写真でも絵画でも他の表現でも、作品単体での美しさや力強さがありますが、それを作品集としてまとめた本とはまた別物です。アートブックは、その一冊が丸ごとひとつの作品でありストーリーがある。作品を単体で鑑賞するのとは、まったく違う魅力や価値があります。今後、アートブックの市場を広げていくことで、アートがより身近になり、世間の人々の捉え方が変わっていけば、そこに需要がさらに生まれてきます。私はそれを目指して仕事をしていきたいと考えているんです。今はもう大量消費の時代じゃないですし、少部数でも個性のある本をつくって、それに反応する人たちが買い求める。そういうスタイルに変化してきていると感じています。

 

(聞き書き・北浦雅子)
照井壮平
写真集『狼煙』についてはこちらのページで詳しく紹介しています。
制作のプロセスはこちらからリンクしています。