仏には桜の花をたてまつれ

2018.06.17 |

平安時代から鎌倉時代にかけて活躍した紀州出身の歌人と言えば、西行(さいぎょう)と明恵(みょうえ)です。西行さんは1118年に現在の紀の川市で、明恵さんは1173年に現在の有田川町に生まれました。それぞれ紀の川と有田川の流れを望むのどかな里です。

西行と明恵には共通点が多く、どちらも裕福な武家の出でありながら出家し、僧侶となってからもたいそう女性にもてたそうです。西行は男性とも女性とも恋ができた方のようですが、女性との恋に関しては鳥羽天皇の妻・待賢門院璋子(たいけいもんいん たまこ)とのエピソードが有名ですよね。

美魔女のたまちゃんが17歳年下の美男子・西行に手を出してすぐ捨てた、という話のようで、西行はそのショックで出家した、とも言われます。璋子はひどい女かもしれませんが、彼女は他人の感情に鈍感になっても致し方ない少女期を過ごした方なので許してやってください。

さて、下の写真は西行の生誕地(紀の川市、竹房橋そば)に立つ像です。内省的で自意識過剰、美意識も高くてこじれた性格の孤高の歌人。まさか後の世、自分の像が故郷に立つとは思いもよらなかったことでしょう。

 

西行さんの歌をいくつかご紹介します。

咲きそむる花をひと枝まづ折りて昔のひとのためと思わん

(桜が咲き始めたらまずはひと枝を折り、昔のひとへの手向けと思おう)

仏にはさくらの花をたてまつれ わがのちの世を人とぶらはば

(私が仏になったら桜の花を供えてほしい。もしも後の世に誰かが弔ってくれるのならば)

美しい歌を多く詠み残した昔のひと。その生誕地には案内板と桜だけのほうが個人的には好みですが、町おこしの資源だから仕方がないのかな。ちょっと切なくなりますが、それでも有田川町で公共温泉施設の屋号になった明恵さんに比べるとまだ大丈夫です。明恵さんは首にてぬぐいをかけて露天風呂につかり、汗をたらしたマンガみたいな絵で看板坊主になっています。(弘法大師・空海にも同じことができるのか、と私は問いたい)

やっと時間ができたので、和歌のブログを再開したらいきなり筆がのってきました。「筆がのってきたら、筆を置け」と最近何かで読んだばかりなので(宇野千代さんの言葉だったかも?)、続きはまたの機会にいたします。